おしえて!ドクター健康耳寄り相談室

  平成16年10月16日放送

インフルエンザと予防接種

宮崎県内科医会 田中 宏幸

インフルエンザは風邪の一種ですが、普通の風邪と異なり、急に全身症状が出てきます。1918年のスペイン風邪は、全世界の人口の半分がかかり、2000万人以上の尊い命が奪われました。その後もアジア風邪、香港風邪、ソ連風邪などと常にウィルスが変異を繰り返し、新たな大流行を引き起こしてきたのです。今でも人類最大の疫病と言えましょう。9月に大阪の保育園児2名からA型インフルエンザウィルスが検出されましたが、これが流行の兆しとなるのか経過観察中です。

 インフルエンザは全身症状が急に発症する、感染が広がる、重症化しやすい、致命率が高い、脳症を起こすことがある、等で普通のいわゆる風邪とは区別されます。インフルエンザ・ウィルスが体内に侵入して発症しますが、潜伏期間は1−3日で、まず急な発熱、咽頭痛、熱に伴う全身の痛み、倦怠感、食欲不振などが見られ、その後咳や鼻水が続き、下痢、嘔吐が見られる事もあります。今は飛行機の時代ですので、あっという間に全国に広がります。健康な人なら1週間で治癒しますが、抵抗力が無い人は罹りやすいだけでなく、重症化しやすく、また治るまでに時間がかかります。

インフルエンザにはA,B,Cの3つの型があり、AとBは症状が重く広まり易いのですが、中でもA型はウィルスに突然変異を起こしやすく、より強力なウィルスに進化し大流行につながるのです。さらにブタ、トリとの人畜共通のウィルスもあり、人と人との間だけでうつるものではありません。暖かい地方には少なく、寒くて乾燥した場所では患者が多いのですが、逆にウィルスは湿気と熱に弱いという特徴があります。

 犠牲者の8割は65歳以上のお年寄りという統計があり、他にも慢性疾患患者、中でも心臓病、腎臓病、糖尿病、喘息の患者や人工透析中の患者などは抵抗力が弱まっているか、あるいは罹ると重症化、遷延(せんえん)化しやすくなる、つまりリスクが高くなるのです。このような慢性疾患患者や65歳以上のお年寄りはハイ・リスク群と呼ばれ、特に注意が必要です。また密閉した空間で一緒に仕事をしたりする場所(企業、会社、学校、保育園など、及び出入り業者)で感染が拡がり易く、学校・幼稚園などではよく学級閉鎖になりますね。かかったら解熱後2日目までは出席停止の措置が取られます。

合併症には肺炎、気管支炎、中耳炎(子供)などがありますが、インフルエンザ脳症は最も恐ろしい合併症です。この病気は頻度は低い(毎年50-200人)ものの恐ろしい病状で、子供が圧倒的に多く3歳がピークです。原因は不明ですが薬品との因果関係も指摘されており、特に解熱剤は使用しない方が宜しいでしょう。しかし解熱剤を使用していなくても起こり得ます。何故か日本人に多く欧米では少ないのですが、人種や遺伝子も関与しているのでしょう。インフルエンザ発病後平均1.4日で発症し、妙に興奮したり、逆にうとうとしたりケイレンを起こしたり、熱が41度以上出たら、直ちに大きな病院で厳重に管理されるべきです。脳症に限らず重症化する人は、ワクチン接種を受けていない人ばかりであるという事です。

インフルエンザ治療には特効薬が出回っています。小児にはドライ・シロップがありますが、発症後2日以内に投与するのが原則です。もちろん、治療の基本は安静と水分補給です。インフルエンザ・ウィルスは体内に1個入ると、8時間後で100個に、24時間後には100万個へと、急に増加するのです。2日目がピークで、それ以降は減少していき経過とともに症状も軽くなります。

 人には自分で外敵を倒す働きがあります。体内の免疫機構が働き色んな細胞やインターフェロンなどの物質が作用し死滅させるのですが、ウィルスは元々熱に弱く、38.5度以上で死滅へ向かうので発熱させる作用のあるインターロイキンTという物質は、わざと熱を出させてウィルスの活動を抑えているのです。従って家庭でも熱はあまり下げない方が良いのです。解熱剤は使用しません(特に子供では)- やむを得ず使用することもありますが、それでも使ってはいけない薬がいくつかあるのです。アスピリンには優れた鎮痛・解熱作用がありますが、怖いライ症候群との因果関係がはっきりしています。心臓病などでアスピリンを長期間飲んでいる子供は、それだけ予防接種が重要になってくるのです。その一方、熱が出ると体から汗が出て熱を少し抑えようとする働きがあります。特に小さな子供やお年寄りでは脱水に注意しましょう。

 インフルエンザの予防法には色々ありますが、流行中は手洗い、うがいに尽きます。またなるべく人混みを避け、患者で溢れた病院には近づかないようにしましょう。部屋を暖め、常に湿気を与え、普段の体力つくり、健康管理がものを言います。普段から十分な睡眠、バランスの取れた食事をとり、新鮮な空気を吸う、これがインフルエンザに限らず風邪一般の予防の基本になるでしょう。

インフルエンザ予防接種は安全かつ効果的な予防法のひとつです。65歳以上は1回、13−64歳は1〜2回、13歳未満は2回うつのが一般的です。高齢者はある程度免疫が付いているので1回で良いとされますが、高齢者を含むハイリスクの人や受験生などは早めにうつことです。乳幼児は長期にわたってウィルスを排出するので感染源になります。流行する型が予想した型と違っていても、大もとは同じなので効き目はあります。効果が出てくるまでに2週間かかりますので、11月中に接種を終えるようにしましょう。その効果は5、6ヶ月と言われています。子供さんの場合、インフルエンザ接種と重ならないように他の予防接種は夏の間に済ませておくか、あるいはインフルエンザ注射を先に済ませておいて、1週間経てば他の予防接種も可能です。受験シーズンは移動のシーズンでもあり、日本中に蔓延しやすい時期です。余談ですが、北半球では1、2月に流行りますが、南半球では7、8月がピークになります。例えば日本の真夏の時期にオーストラリアに行く人は、予防注射液は未だありませんので現地でかからないようにすることが大事です。また常夏の地方では雨季に流行ります。

予防接種の副作用は軽く、刺した部分の発赤、疼痛くらいで、3日以内に消失します。また、卵を食べて痙攣を起こしたり、発疹が出たことのある人はうたないのが原則。直前に熱が無いかどうか調べ、無い人にのみ接種します。さらに妊娠初期(13週目位まで)は避けることが望ましいのです。接種による死亡事故がありますが極めて稀(25000接種例に1件の割合)です。また副作用による後遺症には公的な援助がなされます。法的にはインフルエンザ予防接種は義務ではなく(=任意接種)、うっても100%の予防は不可能ですが、かかってしまった場合に受ける個人の生命・財産の被害は元より、社会的な打撃を考えればたった1、2回の予防接種で救えるメリットは計り知れません。ワクチンがたとえ万全ではなくとも、肺炎、脳症などの重症化を防ぎ、救命率を上げる方法として最も優れた、正しい選択と言えましょう。

最後に、次々に新たなウィルスが出てくる中、昔から人類最大の疫病と言えます。短期間に何千人もの患者が出る病気が他にあるでしょうか? 現代社会でも怖い病気のひとつ、と認識を新たにして頂けたら幸いです。流行期に急に高熱が出たり、痛みを伴ってきたらすぐに近くの医療機関へ駆け込みましょう。数種類の診断検査キットのお陰で、早いものでは5分で診断可能な時代になりました。それだけ人類のインフルエンザに対する関心は高いのです。しかし予防に勝るものは無く、普段の健康管理が大事なのです。あなた自身のために、ご家族のために、ひいては人類社会のために出来るだけ早めに予防接種をお受けください。流行り始めてからでは遅いのです。


余談

インフルエンザ診断キット

 数々の診断キットが市販されています。いずれも特徴がありますが、5分でA型かB型か診断できるものが登場しました。しかも精度に優れ、迅速な結果が得られるため、一般開業医も好んで使用する様になったのです。これに特効薬が揃えば早目の手当てで回復を早めることが出来ましょう。

タミフルは予防薬としても使える

 今年から、ハイリスク群に入る人たちには、もし同居する家族で患者が発生した場合にのみ、発症2日以内に、予防のためタミフルを1日1回投与できるようになりました。本人が発症した場合、1日2回(朝、夕)は通常通りです。

スペイン風邪の元は鳥インフルエンザだった!?

 本日(7日付け)のニュースで、スペイン風邪の元は鳥インフルエンザだった、との報道がありました。DNA鑑定で鳥インフルエンザ・ウィルスが突然変異を起こして、スペイン風邪を引き起こす亜型になった、と考えられる、というのです。

鳥インフルエンザ

 今年9月、タイでは合計11名が感染し、うち2名が死亡しました。人から人への感染もあるが、家庭内での発症です。症状はインフルエンザによく似ていますが、これに呼吸困難が加わります。また死んだ鳥に接触した経緯があります。

 10月に入り、同じくタイの有名な動物園で次々にトラが感染し、30頭以上が死んでとうとう閉鎖に追い込まれました。現在厳重な管理のもと、人の間で感染者が居ないかどうか調査中、という事です。

SARS

 2−7日、最大で10日間の潜伏期間を経て、急な発熱、咳、全身倦怠感、筋肉痛などのインフルエンザ症状が出ます。しかしこれは初期段階で、発症後2日―数日後には呼吸困難、乾いた咳、低酸素血症、レントゲンで肺炎を確認できるまでに進展するのです。肺炎にかかった患者の80−90%は1週間で回復傾向を示しますが、10−20%は呼吸切迫症候群を合併、重症化します。致死率は10%で、高齢になるほど高くなります。38度以上の熱があり、発症10日以内に流行地域へ足を運んだことがあり、あるいは住んでいたことがある者、看護をしていた者、などは届出が必要になります。

一般の開業医レヴェルでは最初から対処出来ません。宮崎市内ではただ一箇所、県立宮崎病院でのみ対処出来るのです。普段かかりつけの人であっても、少しでもSARSを疑ったら県病院で診察をお受けください。そうでないと我々一般開業医は保健所の指導の下、10日間の医療閉鎖に追い込まれ、事実上閉院になりかねません。看護師、受付など医療関係者はもちろん、同じ時間に同席された他の患者さん等も、保健所の指導で10日間の自宅待機になるのです。擬似患者が訪れた、それだけで次々に市中の開業医は閉鎖となり、その分県病院は‘ただの患者’で溢れかえり、パニック状態になる事も予想されます。